KAT-TUNの作曲家としてデビュー!!
大学進学決定後に作曲家になることを決意。進路変更――まず、成本さんが作曲家を志した頃のお話を聞かせてください。

成本:子供のころから音楽が好きで、テレビの音楽番組もよく見ていました。ピアノが好きだったこともあり、当時流行ってい小林明子さんの「恋におちて」などをコピーして、ピアノを弾きながら歌っていました。そのうち、コピーするだけじゃなくて、「どうしてこの曲が売れたんだろう」「今のこのフレーズは、ここのフレーズにかかるのかな」などと考えるようになり、音楽を分析する楽しさも味わうようになりました。そして、高校2年生の時にアニメの劇中歌のJAZZを聴いていた時、『ピーン』ときて、こういう曲を作りたいなと強く感じたことがありました。でも、その時点ではまだ作曲家になろうとは思っていなくて、そのまま大学の英文科に進学が決まったんです。大学進学という進路が決まり、改めて自分自身にその進路でいいのかと問いかけてみると、大好きな音楽を棚上げにしている自分に気づいたんです。そうすると音楽に対する自分の気持ちを抑えようがなくなり、高校の先生に相談したところ、先生がこの学校を薦めてくれました。そして、体験入学に参加して即、入学を決めました。
成本:私は、入学するまでは音符も読めない、書けない、理論はまったくわからない状態でした。それに、入学したてはコンピュータが苦手だったんです。でもなんとか授業についていき、1日1日と積み重ねるように勉強を続けていくうちに、コンピュータで自由に曲が作れるようになってきました。そうなると、曲をつくるのがおもしろく、『勉強している』というよりも、むしろ『楽しんでいる』みたいな感じでした。
先輩や同級生の存在が刺激になりました
――どんな学生生活を送ったんですか?
成本:同級生たちは個性が強い人が多く、楽しかったです。とても仲がよくて、よく一緒にご飯を食べに行ったりして。そういう時でもずっと音楽の話で盛り上がってました。卒業した今でも仲がいいんですよ。また、業界で活躍する先輩たちが励みにもなりました。「こんな素晴らしい先輩たちがいるんだ。自分も頑張れば先輩たちのように活躍できるんだ!!」って。業界で活躍するトップクラスのアーティストから直接講義を受けたり、身近な先輩もしょっちゅう学校に遊びにくるなど、この学校じゃないと今の私はいなかったと思います。だから同級生も含めた学校のみんなに感謝しています。
仮所属の『SUPA LOVE』からKAT-TUNの作曲家としてデビュー
――今回、KAT-TUNの曲をつくり、作曲家としてデビューされましたが、デビューまでのいきさつを聞かせてください。
成本:ソニーやトイズファクトリー、エイベックスなどいろんなレコードメーカーに所属するアーティストの曲を作れる音楽プロダクションの『SUPA LOVE』に、1年生の頃から興味をもっていました。そして、『SUPA LOVE』に所属することを目標に、校内で行われる作曲家オーディションなどに積極的に参加しました。そして3年生の夏のオーディションでは、第一志望だった『SUPA LOVE』に仮所属が決定したんです。それで、在学中ではありましたが、事務所から「KAT-TUNに合う曲」という課題を頂き、コンペに参加することになりました。コンペに参加するにあたって、まずジャニーズ事務所のアーティストの曲をたくさん聴いて、どういう曲がジャニーズのファンの方々に喜ばれるのか考えました。そのうえで、KAT-TUNのメンバーを頭に描いてフレーズを考え、一番の自信作をコンペに出しました。3ヶ月くらい経った卒業式の日に「KAT-TUNの曲、決まったよ!」と事務所の方から電話があったんです。作曲家としてのデビュー作がKAT-TUNの曲なんてもうびっくりして信じられない思いでした。いまだにCDのクレジットにある自分の名前を見ても実感がないです。
夢を諦めないで、自分の可能性に挑戦してください
――作曲家デビューを果たした現在の心境と、後に続く後輩へ一言お願いします。
